介護の仕事は身体的および精神的な負担が大きく、想像以上に大変な職業です。しかし、親の介護を経験した人の中には、その経験が仕事に役立つのではないかと感じ、「介護の仕事に就こう」と考える人もいます。
そこで、訪問介護やデイサービスで多くの従業員を採用してきた筆者の視点から、親の介護経験者が介護の仕事に向いているのか、その経験がどの程度活かせるのか、そして注意すべき点についてまとめました。
親の介護経験者にはこんな強みがある
親の介護を経験してきた人は、介護の仕事においてどのような強みがあるでしょうか。ここでは、いくつかの重要なポイントを挙げてみます。
現実的な理解
介護経験者は、介護の現実をよく理解しています。日々のケアや予期せぬトラブル、親とのコミュニケーションの難しさなどを知っており、それが仕事に役立ちます。
仕事と介護の両立、子育てと介護が重なるダブルケア、一人っ子によるワンオペ介護など、介護者の立場によって介護への関わり方は異なります。さらに、親の病気や身体的な問題によって必要な知識や技術も変わってきます。何が大変だったか、どんなことに苦労をしたか、そうしたリアルな出来事は、当事者でなければ理解しがたいものです。
深い共感力
老いていく親に寄り添いながら介護を行った経験は、介護される側・する側双方の気持ちを深く理解する力を育みます。例えば、認知症の親を介護した場合、親自身が抱える不安や葛藤を目の当たりにしたこともあるでしょう。その体験が背景にあると、介護職として高齢者に接したときの寄り添う気持ちや姿勢に共感が伴っていきます。
さらに、自分自身が介護を通じて感じた孤独や不安、ストレスは、介護の仕事で新しく出会う家族介護者に対しても、共感しやすいポイントとなります。
共感力はコミュニケーション能力を高め、高齢者やその家族との信頼関係を築く上で重要な役割を果たします。
介護経験のあるAさんの場合
Aさんは10年間、両親の介護を行ってきました。仕事と介護の両立が難しく、7年目に仕事をやめてしまいました。父親の死後、母親が施設に入所したのを機に、デイサービスの介護職に応募しました。志望動機は「親の介護を通じて多くの人に支えられ、自分も恩返しとして介護を通して多くの人を支えたい」というものでした。両親ともに認知症を患い、一人っ子で頼れる人がいなかったAさんは高齢者とのコミュニケーション能力が高く、デイサービスで人気の介護職となりました。
実践的なスキル
介護の現場では、さまざまな実践的なスキルが求められます。介護経験者は、すでに多くの基本的なスキルを身につけていることが多く、介護職の仕事に役立てることができます。
例えば、移動や移乗の介助技術、食事や排泄などの身体的な介護、車いすの扱い方や病気の知識など、それぞれが経験したことにより違いはありますが、何かしらのスキルを得ているでしょう。また、家庭での介護は柔軟な対応力や創意工夫も必要となります。それらも介護現場で活かせられれば、大きな強みとなります。
精神的な強さ
介護の経験を通して培われた精神的な強さは、介護職において非常に貴重です。家族の介護は、多くの感情的な負担やストレスを伴いますが、その中で耐え抜いた経験は、問題解決能力や忍耐力を強化します。
さらに、介護のストレスに対処するためのリフレッシュ方法や、自分のマインドやモチベーションを保つための試行錯誤も、仕事をする上で役立ちます。
また、振り返ると「こうしておけば良かったかも」「もっと楽になる方法があったかも」と思うこともあり、その経験が家族介護者へのアドバイスとして生かされることもあります。
介護経験のあるBさんの場合
Bさんが40代のときに母親が進行性の難病を発症しました。仕事を続けながら介護を行いましたが、母親が病気を受け入れられず暴れることで精神的に追い詰められてしまいました。そんなときに支えてくれたのが友人たちで、Bさんは話をたくさん聞いてもらい、ストレスを発散することができました。
訪問介護のホームヘルパーになったBさんは、介護をしてる家族に耳を傾け、少しでも気持ちが軽くなるように努めています。
高いモチベーションとやりがい
自分の介護経験を活かして再出発をする人は、モチベーションが高い特徴があります。自分の経験が他者の役に立つことで達成感を感じ、仕事にやりがいを感じやすくなります。
さらに介護経験者は40~50代が多く、社会経験を積んでいることも相まって、幅広い知識や人間関係のスキルを持っています。これにより、さまざまな場面で柔軟かつ効果的に対応できる力が備わっています。
彼らの高いモチベーションとやりがいを持つ姿勢は、職場の雰囲気を明るくし、他のスタッフや利用者にも良い影響を与えるでしょう。
介護経験のあるCさんの場合
Cさんは大手企業に勤めていましたが、母親の介護をきっかけに早期退職しました。介護が落ち着いたころに、近隣のデイサービスに再就職し、働くことにしました。Cさんは前職で培ったマネジメント力を活かし、若手介護職員の意欲を引き出す声掛けや励ましを積極的に行っています。Cさんは周囲の介護職員から慕われ、ときには恋の相談に乗ることもあるそうです。
このように親の介護を経験することで得られた利点は多くあり、活かすことで介護職としてよいスタートを切ることができます。自分自身が行った介護経験は貴重で得難いものであり、こうした経験を持つことで、介護の現場で即戦力として活躍することが期待されます。
介護経験者が直面する課題
介護経験者が介護の仕事を選ぶ際には、いくつかの課題も存在します。以下のことを理解し、納得した上で介護職に挑戦することが重要です。
課題1:技術や知識の再習得
親の介護経験があるとはいえ、身につけた技術や知識が偏っていたり、自己流で行っている場合もあります。そのため、再確認も含めて新たに学び直すことが重要です。
特に、介護技術は独自の方法や力任せに行うと事故や怪我のリスクがあります。最新の介護技術や標準的な手技に適応するためには、継続的な学習が不可欠です。
Memo
介護現場は人手不足から研修が不十分なまま現場に出されたり、教え方や技術が人によって違うなど、職場として未熟な一面がある施設や事業所もあります。まだ現場に出られる自信がない、教えてもらった技術に不安があるなど悩みを抱えた場合は無理をせず、育成担当や管理者に相談しましょう。
課題2:指導は年下の介護職員
介護経験者の再就職になると、40~60代が多くなってきます。そうなると、介護現場では年下の上司や同僚から指導を受けることが十分考えられます。これに適応するためには、柔軟な姿勢とオープンマインドが必要です。
介護経験のあるDさんの場合
Dさんは30人以上の部下を持つ職場で働いていましたが、仕事と介護の両立が難しく、介護離職しました。その後、父親が施設に入所したのを機にデイサービスへ再就職しました。しかし、指導を担当したのが20代の介護職員であり、年齢差や経験の違いに戸惑ってしまいました。その結果、受け入れることができずに1週間で辞めてしまいました。
課題3:体力的な負担
介護の仕事は体力的にもハードです。移乗や入浴介助などの業務は身体に大きな負担がかかります。例えば、利用者をベッドから車椅子に移乗する際には腰や腕に負担がかかります。適切な持ち方や力の使い方を理解していないと、怪我の原因となります。
このような体への負担を軽減するためには、定期的な運動によって筋力や体力を維持することが重要です。特に、腰や膝に負担がかかりやすい介護職では、筋トレやストレッチを日常的に行うことで体力を保ち、怪我を予防することができます。
課題4:現場の違いに対する適応力
自分自身が行ってきた介護と、他者へ仕事として提供する介護には多くの違いがあります。介護を受ける側の価値観や考え方を理解し、柔軟に対応することが求められます。
また、介護はチームプレイでもあります。一緒に働く職員とチームワークを意識し、連携や業務プロセスの理解を深めることが重要です。
課題5:燃え尽き症候群のリスク
すでに家庭での介護を経験している場合、精神的・肉体的な疲れが蓄積していることがあります。新たに介護職に就くことで、さらに負担が増し、燃え尽き症候群になるリスクが高まる可能性があります。
さらに、介護職は感情労働でもあります。自分の感情をコントロールして働くことが求められ、ストレスがたまりやすい職業といえます。
Memo
労働には肉体労働、頭脳労働、感情労働の3つがあります。感情労働とは、仕事の一環として自分の気持ちを管理し、他者に対して特定の感情や態度を表現することを求められる労働です。例えば、介護職や接客業などでは、常に優しく親切に接することが求められます。このような労働は、心理的な負担が大きくなることがあります。
自己ケアやリラクゼーションの時間を意識的に確保し、自分の状態を確認することが重要です。趣味や運動、友人との時間などを利用して気持ちを切り替えたり、リフレッシュできる方法を見つけ、それを定期的に取り入れることで、心身の健康を維持しましょう。
介護経験が活かせる場はたくさんある
親の介護経験は介護職だけでなく、他の職場でも活かすことができます。例えば、企業の人事部で介護を担う従業員をサポートする役割や、職場で介護についての啓蒙活動を行うことも可能です。何より、仕事と介護を両立する人たちにとって、理解や共感を示してくれる存在がいること自体が大きな支えとなります。そして、そのような人から生きたアドバイスを得ることができるのです。
まとめ
介護経験者が介護の仕事に向いているのか、その経験がどの程度活かせるのか、そして注意すべき点について見てきました。親の介護経験は、多くの貴重なスキルや共感力を育む一方で、技術の再習得や感情労働の負担など、いくつかの課題も存在します。
継続的な学習や自己ケアを行いながら、社会経験も含めた自身のスキルをどう活かしてくいくかを常に考え、課題を克服していくかを考えることが大切です。
親の介護を通じて培ったこれらの能力は、介護職としてだけでなく、人生全般においても価値のあるものとなります。これからもその経験を糧に、多くの人々に貢献していってください。