認知症を発症すると落ち着きなく歩き回ったり、攻撃的な言動が増えたりし、人が変わったように思えることがあります。そのような症状を見ると困惑したり、恐怖を感じることもあるかもしれません。
しかし、一番困っていて、不安や恐怖の中にいるのは、認知症を発症した本人かもしれません。
今回の記事では、認知症の方が抱えている複雑な気持ちを解説していきます。
認知症の高齢者が増えていく
厚生労働省によると、65歳以上の高齢者がピークとなる2040年には、認知症の高齢者が584万人、認知症予備軍とされる軽度認知障害(MCI)が613万人になるとの推計結果を公表しました。
もはや認知症は他人事ではなく、家族や近隣など、普段の生活で接する機会が増えていくかもしれません。そんなとき、認知症の方がどのような精神状態に置かれているのかを知っておくと、対応しやすくなります。
認知症の不安な気持ちを理解する
認知症の方がどのような心境にいるのかがわかるある事例をご紹介します。
慣れ親しんだ家なのに、「こんな場所は知らない」と怒り出す
認知症を発症したAさんは、夕方になると「家に帰る」と言い出すようになりました。今いる場所が自宅であることを説明しますが、「こんな場所は知らない」と言って外へ出ようとします。
ある時は、家族が気付かないうちに家から外へ出てしまい、半日以上行方が分からず、警察に保護されることもありました。
娘さんやお孫さんのことも認識できないことが多く、引き止められると大声を出して拳を振り上げることもあります。
このような出来事を、皆さんはどう感じるでしょうか。
娘さんの大変さを考えると心から気の毒に思うし、やはり認知症の方は困る存在だと考える人もいるかもしれません。
なぜ、家に帰ると言い出したのか
Aさんが家に帰ると繰り返し訴える理由を知るには、まず認知症の「認知」とは何かを理解する必要があります。
認知とは、自分が置かれている「状況」を「認識」「理解」「判断」する包括的な精神の働きのことです。
状況は常に目まぐるしく変化している
私たちは起床してから就寝するまで、常に変化し続ける状況の中で生活しています。
- 認識とは
「ここはどこか、どのような場所なのか」がわかっていることです。
- 理解とは
「場と自分との関係」がわかっていることです。
- 判断とは
その場と自分との関係が分かった上で、「どうするべきか」を決められることです。
私たちは「状況」を「認識・理解・判断」することで、その場にマッチした行動ができるようになります。
電車内なのに運動したり大声で歌ったりすることはありません。静かにスマートフォンで記事を読むのが「状況」にマッチした行動となります。
「場」の認知ができない恐怖
「場」を認知できなければ、「自分はどうしてここにいるのか」「どう行動すればいいのか」がわからなくなってしまいます。
「家にいるのに、家に帰る」と言い出したAさんについて考えてみましょう。
Aさんは今いる場所が「自分の住まい」と認識できていないのです。日も暮れてきたので、一刻も早く自分の家に帰りたいと思ったのでしょう。つまり、自分の分かる場所に行きたいので「帰る」という判断をしたと考えられます。
しかし、自分の知らない人に引き止められ、知らない場所を「家」だと言われ、「状況」が分からず混乱してしまいます。
あまりの恐ろしさから大声をあげて拳を振り上げたと考えれば、Aさんの心境が理解できるのではないでしょうか。
Memo
Aさんの状況を自分に置き換えて想像してみよう
Aさんの状況を自分に置き換えてみましょう。
ある日、目覚めたら暗い、深い森の中にいたとします。不安と恐怖を感じながら歩き出しますが、どの方向に行けばいいのかわかりません。大声で助けを呼んでも、声は森の中に吸い込まれていきます。
なぜ森にいるのか「認識」できず、森と自分の関係も「理解」できないので、どう行動すればいいのか「判断」もできません。
こんな不安な状況に置かれているのがAさんの心境なのです。
不安や恐怖を和らげるケアをする
では、そのような状況に追い込まれたAさんに対して、どうケアをしていけばいいのでしょうか。
適切なケアのポイントを3つお伝えします。
Point1認知力を上げる
一番良い方法は、「ここが自分の家だと認識する」こと、話しかけられているのが娘さんやお孫さんであると「理解する」ことです。そのためには、 認知力を向上させる必要があります。
- 普段から必要量の栄養・カロリーを摂取する
つまり、低栄養状態に陥らないことが大切です。低栄養かどうかはBMIを参考にすると良いでしょう。65歳以上の場合、BMIの適正値は21.5~24.9となります。
BMIが18.5未満の場合は低栄養のリスクがあり、免疫力や筋力だけでなく、認知機能も低下する可能性が高まります。
- 日常的に体を動かす
適度に運動や活動的な生活を過ごしていると、全身の筋力が保たれていきます。血液の循環が良くなることで脳への血流が改善され、認知機能が向上します。
- 水分摂取を欠かさない
認知力向上に何よりも大切なのが、水分摂取です。
1日に1,500ml以上の水分を摂ることで、意識レベルが良い状態で保たれます。
認知症で落ち着かない症状(周辺症状)が現れたときは、水分をたっぷり摂ることで治まるケースが多いです。
Point2否定しない
自分の家に居るのに「家に帰る」という発言に対し、家族が否定したくなるのは当然の感情です。ただ、説得しても意味がないことも理解しておきましょう。
そもそも認知機能が低下し、不安と恐怖で混乱した人を説得しても、理解させるのは困難です。
説得よりも水分補給が重要なので、「お迎えが来るまでお茶でも飲みましょう」など、飲み物をすすめることを優先しましょう。
ポイント3一番つらいのは誰かを考える
認知症の方が混乱状態に陥ったとき、一番つらいのは誰でしょうか?介護者なのか、認知症を発症した本人なのか。
介護者は確かに大変です。うっかり外に出て迷子になってしまうと、探し回らなければなりません。
認知症である本人は、自分の居場所が認知できず、家族が他人に見え、「わかる場所に行きたい」のに引き止められてしまいます。
どちらもつらい状況であることは間違いありませんが、認知症の方は思いを言葉にするのが難しく、自分という確かな存在さえ曖昧になっていく(自分のことを信じられない・分からなくなっていく)恐怖の中にいることも知っておきましょう。
まとめ
認知症の方は、常に変化する「状況」に対して理解できなくなると、不安からさまざまな行動を取るようになります。
人によっては現実から逃避するかのように無反応になったり、恐怖から自分を守るために攻撃的になったりします。
分からない「状況」に対して作り笑いをし、やり過ごそうとする方もいます。
そのような様子を察知したら、お茶などの飲み物を勧め、落ち着いた雰囲気で話すことからケアしてみてください。